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林浩のコミュニケーション用のブログとして開設しました。


by pasthh

出自という捏造

・出自という捏造

松本清張の「砂の器」を出自の問題として見ると面白い。

戸籍を本人の申し出によって再生させるという特殊な状況に出くわした本浦秀夫(和賀英良)は、それが(私)自身にとってただの「情報」でしかないことに気付く。戸籍の意味を出来事として認識している人間(親およびその周辺)が居なくなった時点で、「情報」にしか過ぎないことを「記録」に変えてしまうことで、その「情報」が現実を支えるものに変質することを直観的に判断し実践する。物語は「情報」「記録」「記憶」が混在し溶け合ってシステム化し、それが強引に社会を形成している時代の裏と表を描き出している。

「私」にとって出自は自らの預り知らぬところのものである。それにも関わらず、それは「私」の「目の前の風景」を整合的に説明するために巧妙にポジショニングされてしまう。「私」にとってただの「情報」でしかないそれが確実であるような振りをしてそこに忍び込み、そのことで整合性がより強化され「私」が「目の前の風景」と共に保証されたように見える。そして、「目の前の風景」が理解可能な意味の構築物として見えることで世界が完結する。

整合性の確保はどこかに修正の隠蔽を伴っているようにみえる。だから、整い過ぎたものはどこかよそよそしく、妙に美しいがぎこちない。下手なドラマで、再婚した父親が「今日からこの人が君たちのお母さんだよ。」と紹介するシーンがある。「よろしくね。」とその女性は微笑む。論理的に自己完結した説明はこの微笑にそっくりで、どこかにある無理を誤魔化すことで事なきを得ようとする。「私」が在るということはもっと不安定でノイジィーな出来事だ。

システムは現実の一部を切り捨てることで成り立つ。そして、切り捨てられたものの反発で崩壊する。そんなイメージを持ってしまう。このようなことを書いているといつも思い出すことがあります。認知症になった母が初めて訪問されたケアマネージャーの方の質問に答えていた時の様子です。日付と住所は答えられず、名前に関しては暫く出て来なかったけれど「ハヤシ…」と促されて「ミツエ…」と答えることがやっとでした。最初このことに驚いたのは事実ですが、ちょっと考えてみるとどうでもいいことを忘れているに過ぎないのではないかとハッとしました。ここが何処であるか。今が何時(いつ)であるか。自分が誰であるか。これらは全てシステムの側に属するものです。私が存在しているということにとってどうでもいいことです。そんな母が何を考えていたかなど知る由もありませんが、どうでもいい日常の憂さから離れて根源的な思考をしていたのではないかと思うとちょっとほっとします。

「この世の中に自分の誕生日を知って(・・・)いる奴は一人もいない。」こう言うと結構な割合で反発を食らう。だから「誕生日なんて親などの周りの人間からの情報をじて(・・・・)いるだけで例え戸籍抄本などの書類で確認したところでそれが本当かどうかは判らない。」というような説明を付け加えるのだけれど益々怪訝そうな顔をされることが多い。そして「人間の一生なんて目の前の風景を自分に納得のいくように説明し続ける、たったそれだけのことである。」とここまで来るとみんな笑顔になって話題を変えている。ちょっと分かりやすく大袈裟に書くとこんな感じなので、私の「砂の器」解釈を理解して頂けるかどうか不安です。

NHKの「百分de名著」の松本清張特集②「砂の器」の本放送と再放送も見逃してしまって、ゲストがどんなことを喋ったか気になっているところです。近いうちに市販のテキストで確認しようと思っているのですが…。ここまで書いてきたついでに書くと松本清張を敬愛して止まない宮部みゆきは出自の問題を「火車」で扱っています。似たような視点であるにも関わらず全く別種のドラマ仕立てにしていることに作者の才能とセンスを感じます。また、双方とも殺人という犯罪がまとわりついているところがシステムが自らを護っている狡猾な姿に見えて仕方がありません。最後に、「砂の器」が執筆された1960年頃、作者は力道山の出自に関して知っていたかどうかも興味あるところです。[東京中日新聞]が報道した訪韓は1963年のことなので、プロレスラー力道山の出自はそれまで一般には隠されていたはず。しかし、清張さんのことだから相撲時代のことを知っていたのではないかとも思えます。もし力道山の出自が「砂の器」の執筆に絡んでいたとしたらこれはまた面白いと思うのですが如何でしょうか。戦後の臭いと高度成長の光と影を実感した人間にしか分からないエクスタシーにすぎないと言われればそれまでの話ですが…。


by pasthh | 2018-03-21 19:54 | side /main street